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2018.09.01

鳥が好きな理由

今日はギャラリー田中で開催中の矢野太昭さんの新作展に伺いました。
矢野さんは「ガラス作家」と簡単に言ってしまうのは躊躇われます。
ガラス、土、木、などの素材と複合的な技法で、本当に素敵な作品を作っていらっしゃる方です。
私は万華鏡作家の赤津純子さんに教えていただきました。

矢野さんとお話をさせていただくことができて、私はとても嬉しかったです。
その中で、鳥のどういうところが好きなのか、という話題になって、
私は上手く言うことができずに「鳥と言うイメージが好きなのだと思います」と言いました。
「鳥のように飛びたいわけではない」とも。

ギャラリーを出て、なにか胸にモヤモヤとしたものが残り、
いつまでも鳥が好きな理由を考えていました。
子供の頃、文鳥を飼っていました。
鳥を両手の中に包むように載せた時の鳥の体温、顔を近づけた時の鳥の匂い、
恐る恐る指に力を入れた時に指に感じる鳥の体。
それはとても痩せていて、弱々しい命に直接触れている感じがしました。
そして、死んだ鳥を掌に載せた時の冷たい小さな重さ。

そんなふうに、初めて手で触れた生き物の生き死には、
子供心に生まれることは少し「哀しい」と感じさせたのだと思います。

そして今も私にとって鳥は飛翔や自由の象徴ではないのです。
「鳥の眠る樹」「夜のカナリヤ」といった、鳥の名前のつく万華鏡を作っていますが、
私にとっての鳥がどのようなものか、改めて考えることができました。


写真はquiet。

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